誰も知らない小さな国


土曜日の夕方、ある男と私は約束をしていました。
男の名はコロボックルサトシ。
私は約束の時間ジャストに到着。
コロボックルサトシの姿はまだ見えません。
携帯に電話をしてみると、そろそろこちらも到着しますとのこと。
しばらくして、ひとりの男が
私のまわりをぐるぐるとまわっているのに気がつきました。
ぐるぐるをだんだん狭めてきた所で、はじめて彼に気付きました。
名前ほどオーラが出ていなかったので気付かなかったのです。
彼がそう。コロボックルサトシでした。
コロボックルサトシと私の出会いは、話せば長いのですが、
出会ってからもう5年はたつでしょう。
彼の本職は役者で、貧乏な劇団のトップ級スターです。
あまりに貧乏なので「某貧乏番組」から
お声がかかったこともあったぐらいの貧乏さです。
そんな貧乏な彼に、少しでもビックになってもらいたい、
との思いで、私が毎月DJをしているインターネットラジオ番組に、
コーナーを持ってもらうことにしたのです。
初めてこの話を彼にした時のことです。
「好きにやってくれていいよ。ルーマニアとか関係なくね。」
「ほんとすか?」
「今なんか考えてることある?こういうのやりたい、とか。」
彼は、しばらく考えていましたが、キリッとした表情でいいました。
「歌、ですね」
一瞬、自分の耳が聞き間違えたのだろうと思いましたが、
「やっぱり、歌…、うん。歌、だな。」
と、二度も言われて、驚きました。
私はサトシの過去に歌ってきた歌を思いだしてみました。
ちなみに、彼の代表曲は
「アウトオブザミラー」「ハロハロナリヤンス音頭」
「スターティングデイズ」「リトルスター」
などがありますが、収録はどれもいろんな意味で大変でした。
サトシだっていつも歌だけは嫌がっていたはずです。
それなのに、何故、今、あえて、「歌」だというのか。
苦手な歌をボイトレか何かで克服して、プロ級にうまくなったのか?!
「そ、そう…。大丈夫なの?歌謡曲とかは歌っちゃだめだよ。」
「あ、それはだいじょ…ぶ、です…ん?や、ん。大丈夫。多分。」
「多分じゃだめだよ。絶対だめなんだよ。」
いや、オリジナルですよ。
 もちろんオリジナルでいくんですよ。」
端くれとはいえ、仮にもプロのワタクシを差し置いて、オリジナルですと?
ここで私は、彼がジョークを言っていることにようやく気付きました。
ジョークのわからない奴らだと思われるのも何ですから、
適当に話をあわせておきました。
「あ!そっか。オリジナルね。いいねー。歌。」
「あは、あははは…」(サトシ)
「おもしろいね。楽しみだなぁ。」
「あは、あは、あははは、あは…」(サトシ)
「すごく良かったらCDにして売ろうよ。」
「ま、まじすか!印税生活ですか?」(サトシ)
「あはははは」(ササキ)
「あはははは」(サトシ)
そして迎えた収録日だったのです。
駅からむかった収録場所は、
貧乏な私達にお似合いのカラオケボックスでした。
土曜日だったので混んでいました。
「すぐ御案内できますが。」
といわれてラッキー!と思っていたら、次の女のコ2人連れは
「20分待ちですねー。」と言われていました。
間一髪の差で、待ち時間無しではいれそうです。
ところが、横からしゃりしゃり出てきた男がいました。
「あ、僕らの番ゆずります。僕らは20分でも30分でも待ちますから。」
サトシです。
結局20分待つことになりました。
案外に女性に優しい、イイ奴か?と思いきや、
「この時間で、ネタ、考えます。」
ときました。
またか、サトシ。
また、考えてこないのか、サトシ。
また、グダグダでやろうとしてるのか、サトシ。
20分後、ようやっとはじまった収録、開口一番。
「あ、あ、ん、ん。はいってますか?はいってますか?
 え〜コロボックルサトシの…」
とはじまったので、やはり「歌でいきます」というのは
ジョークだったか、と心の中で思ったのですが、
歌じゃなかったの?などという意地悪なつっこみはせずに
そっとしておきました。この時は…。
そうなのです。
我々は、このあと、
コロボックルサトシの驚愕の歌声
を聞いてしまうのです…。
みんなー!聞いてくれ。
奴の歌声は、今日から放送開始の月いちトモコサン2月号で聞ける。
是非とも、自分の耳で聞いて欲しい。
トモコサンからのお願いだ。
奴は、歌だけは本気だったようだぜ!
現場で考えていた部分ってのはトーク部分だったんだぜ!
何日も考え抜いた歌で勝負かけてきやがった。
とにかく、あいつ、ただ者じゃねぇ。
コロボックルサトシ…。あいつの時代、クルかもな。
おいらにはもう、正直ついていけねぇよ。
旅にでも出るさ。じゃぁな。