世界の終わりって感じ
ー個人の感想ですー
スタジオから帰ってきたのが23時半。
妹に0時までは起きててと言ってあったので、
急いで今日の首尾を報告しようとチャットを打った。
いいのができたよー、と送信しようとしたら、
フリーズした。
はい、それっきりでした。
これが、あの世にも恐ろしい
ハードディスククラッシュか!
走馬灯のように浮かぶのはその中身のこと。
一番大切なのはメール。会話録10年分。
次に大切なのはメモパッド。
日記から仕事の構想まですべて。
他にもCD300枚分ぐらいの曲データ。
音色ライブラリー…などなど。
Quadra800を使っていた頃、
一度、クラッシュ経験がある。
その頃のハードディスクなんて500メガ。
今回は250ギガなのだ。
次の朝早く修理屋に電話をし、
急遽、都心にあるオフィスへ、
直接ハードディスク(HD)を持ってゆくことになった。
私はそこで不思議な体験をする。
オフィスには待合室があって、数人が座っていた。
それぞれ、心配そうな顔でHDを抱えている。
クリエイター風の男性が大きなリュックをなでながら、
隣のスーツの男性に話しかけていた。
「HD、あなどれないっす。
これだめだったらもう立ち直れないっす。」
待合室には重苦しい空気が立ちこめていた。
しばらくすると名前を呼ばれ、
パーテーションで区切られた
診察室のようなところへ通された。
ご丁寧に白衣を着た若者が登場した。
え、なにこれ。おいしゃさんごっこ?
「このたびはさぞ驚かれたことでしょう。」と
ドクターは深い同情の意を表した。
私は、かばんの中から、
タオルで大切にくるんであったHDを取り出して、
そっとデスクの上においた。
すると、ドクターは奥から私のと同じ型のHDを持ってきた。
そのHDにはマジックで「死亡」と書いてある。
HDの死体ってことか。
それを見て私は突然不安になった。
本当になおらなかったらどうしよう。
胃がキューッとしてきた。
死体を使ってこれからどういう作業をするか
ひととおり説明をうけた。
さしづめ、インフォームド・コンセントといったところか。
「さぞお困りのことと思いますので、
この後、僕らもすぐに動きます。」
まぁ、ともかく懇切丁寧だった。
パソコン病院というコンセプトを
意識した対応であることは間違いない。
それにしてもちょっとやりすぎじゃぁ…?
とりあえず、手術代の見積もり金額が出たら
電話で知らせてもらうことにして、HDを預けてきた。
数時間後、見積もりがでた。
およそ40万円!
しかもHDが物理的に壊れていて保証できないので、
成功報酬制をとりたいとのこと。
目的のデータを助けられたら40万。
助けられなかったら0円で良いという。
どのファイルを救いたいですか?と聞かれた。
どのファイルって…。
なくなって一番悲しいのは過去の思い出だ。
真っ先に救い出したいのは漠然とした思い出のメール、
漠然とした思い出の文章、漠然とした思い出の音楽…
迷う。。
もやもやした思い出と40万。
40万ともやもやした思い出。
相方に相談したら、
デジタルデータなどもともと幻なのよ、と、
わかったようなわかんないようなことを言われた。
相談する人を間違えたらしい。
しょうがない。一人で悩むか。
そして…悩んで悩んで悩んであきらめた。
あきらめます、と電話をいれたら
なぜあきらめるのかとドクターに問いただされた。
なんか自分がすごく悪いことをしているような気になった。
でも助からないかもしれないんだ。
そしてどれを助けていいかもよくわからないんだ。
どうしろっていうのさ。
もやもやした思い出とはいえ、40万以上することは確かだ。
それでも修理に踏み切れなかった理由は、
この店が、おいしゃさんごっこ風だったせいかもしれない。