11/23の空
N男はテストで0点がとれる男だった。
小学校のテストで0点をとるのは、
逆に難しいことだったと思う。
目立つ男子には落ちこぼれ扱いされていたので、
負け組どうしのグループに生息していた。
しかし、女子に対しては、負けたつもりはないようだった。
私はN男にしばしばちょっかいを出された。
運の悪いことに私とN男はいつも同じクラスだった。
他の男子との攻防戦はたたいたりひっかいたりだったが、
N男の武器は、小学生には珍しく言葉の暴力だった。
私にたくさんのあだ名をつけたのはN男だ。
細目原人、こけし、がにまた…
その他ここには書けない罵詈雑言なあだ名の数々。
よくもまぁ思いつくものだと思った。
しかしN男は誰にでもあだ名をつけていたわけではない。
私限定だった。
そのおかげで私は、のちに「私のあだな」という作文で
全校児童の注目の的となり、知名度をあげる。
その後の人生が少しやりやすくなった。
人生年表に鮮やかな点を刻むきっかけになった彼には
今はむしろ感謝している。
私とN男にはくわがた採集という共通の趣味があった。
N男は、くわがたの話になると、
普段のけんか腰がうそのように引っ込んだ。
N男にみつけたくわがたを鑑定してもらいにゆくと、
「これは…コクワのメスか。スカだな。」
「お!すげー!これ、ミヤマ!どこで見つけた?」
と、いろいろ教えてくれた。
学校近くのくわがたがとれる秘密の場所も教えてくれた。
高台に、塚のような穴だらけの切り株があって、
少し探せば1匹〜2匹は必ず見つかる穴場だった。
私は室内清掃が嫌いで、いつも交通公園の掃除当番に志願した。
ここは先生がまわってくる確率が低いし、
ほうきさえ握っていればさまになる。
掃除嫌いの私にはうってつけだった。
N男とは掃除もよく一緒になった。
ある日、掃除中に友達に呼ばれた。
「N男がいいものみせてくれるって!」
N男は焼却炉の脇で待っていた。
まわりに外の掃除当番のほとんどが集まっていた。
N男は「いくよ!いくよ!」と変なテンションで言いながら、
ズボンをパンツごと下ろした。
女子がキャーキャーいいながら散らばってゆく。
私はキャーいうほどのものか?と鼻白んだ。
礼儀としてとりあえずウケてやった。
ゲラゲラ笑ってやった。
掃除が終わると、クラス中にその噂が広まっていて
バカだバカだ、と騒いでいた。
N男はうれしそうにしていた。
いじめられている時、N男はいつもうれしそうだった。
N男はこれで味をしめたようだった
しばらくすると、また掃除中に友達に呼ばれた。
「N男がいいものみせてくれるって!」
私は、んなもん見てもしょうがないと思ったので、
その時の招集には行かなかった。
次の日、N男は欠席した。
あとで、二度目に見せたものは、
とんぼの実食ショー、だったらしいことを聞いた。
次の日の欠席の理由はおなかをこわしたからだそうだ。
N男のいいもの見せたい欲はこれで潰えた。
青山
中学にはいると、クラスが別々になった。
N男は中学で、不良のパシリという地位を得て、
裏でこそこそ悪さをしていた。
私との接点はなくなり、話すこともなくなった。
そんなこんなで中学も卒業式を迎えた。
卒業式を終えて半ドンで家に帰ってくると、電話がかかってきた。
もしもしと言っても、名乗らずに何人かでガヤガヤしている。
いたずら電話かと切ろうとしたら、
「N男がトモコに話があるって!」という声がする。
電話口の向こうでN男がからかわれているのが聞こえる。
N男なんていることも忘れていた私だが、それでも何かを察した。
N男がやっと電話口に出た。
「おまえ、○○高校に行くんだって?」
その後、何を話したか覚えてないが、
向こうがまわりにいる友達とふざけてばかりいるので、
こっちから強引に電話を切った。
唐突すぎる出来事に、私はむかついていた。
私にとっては心からどうでも良いことだった。
その後、地元の高校へ行ったN男が、
短らんにボンタン姿で歩いているのをよく見かけたが、
声をかけられたことも話しかけたこともなく、今に至っている。
就職してから、N男のボスが薬をやって
つかまったという話を風の噂で聞いたので、
N男もそんな人生を歩んでいるのかもしれないと思っている。
N男のことを何故、今、思い出したかというと、
駅で栗のポスターを見かけたからだ。
N男はちょっと長めのイガグリ頭で、頭の形は栗そのもの。
全体的に色素が薄くて色白で、髪の毛は薄い茶色だった。
手でざーっとなでると、極上のさわり心地がしたものだ。