母が仕事でこっちにきたので、夕方、
最寄り駅まで迎えにいった。
家に母がくるのは何年ぶりだろうか。
外では何度も会うけれども、
引っ越してきたばかりのこの家に、母が来るのは初めてだった。
私は家まではいつも歩いて帰るのだが、
普通の人には15分の距離は長く感じるだろうと思い、
バスに乗ることにした。
到着したバスは混んでいた。
この日、夕方に雨がふったので、
中は湿気がこもっていて空気が澱んでいた。
運良く、席がひとつだけ空いていたので、
急いで母を座らせて、私は立ってゆくことにした。
バスが走りだした。
母に「すぐだから」と声をかけた。
歩いて15分の距離はバスだと本当にすぐなのだ。
母はなぜか、目を大きく見開いて私をじーっと見ている。
母の顔←clickで拡大
「すぐだからさ。」
母は大きな目をさらに大きくして、不思議そうに私を見ている。
私の目はなぜ、母に似なかったのだろう。
母の目は大きくて、眉毛は八の字に下がっている。
不思議そう、というよりも悲しそうな顔だ。
微妙に変化←clickで拡大
「うち、駅に近いんだよ。」
母は無言でうなづいて、何か言いたそうな顔で私を見ていた。
理由は私にもわかっていた。
母を座らせてから気がついて、しまった、と思ったのだが、
混んだ車内だし、もう立つわけにもいかない。
「この信号わたってすぐだから。」
母は、またさらに悲しそうな顔をして、硬直したままバスに揺られた。
最終形←clickで拡大
バスを降りると、母が待っていたように
「あれはなんなの?」
と聞いてきた。
「このへん、そういう人多いんだよ。
だがら時々、ああやってバスにも乗ってるし、
ほら、こうやって道のど真ん中に布団敷いで寝でるってわげだね。」
私が説明しなくても、足下には人が寝ていた。
そう、ここは路上生活者天国。
公衆トイレもあれば、食料配給所もある。
「なに?じゃ隣に座ってら人がそういう人だたってごど?」
「そう。そどでせいかづしてるヒトが、お母さんのとなりさ座ってだんだよ。」
「あったら匂いになるんだねぇ。いやーはぁ〜びっくりしたわ。」
この街に住んでいると、人間を放置しておくとこういう匂いになるんだ、
ということを、嫌でも思い知らされる。
それ以来、バスに乗るたびに、
母の困りきった顔が頭に浮かんできて、
ついつい思い出し笑いをするようになった。
今日もバスの中で相方に
「何笑ってんの?
ちょっとおかしい人に見えるよ。」
と言われてしまった。