不景気とクリーム


どれにしようかな…


渋谷から山手線で有楽町へ向かっていた私。
心の中には葛藤の嵐が吹き荒れていました。
これから私が行おうとしていることについて、です。


私、ちょっと前までコスメにはまっていて、
あちこちの新製品を試すのが好きでした。
でもそれを数年繰り返した結果、
高機能クリームをひとつ使っていれば、
他は安い化粧品ですませても安心、
という結論に半年前にたどりつきました。
お肌にやれるだけのことをやってあげてる!
という満足感があるのです。
半年前から一点豪華主義と決めこみました。
初めての超高級クリームが無くなり、
この日、リピート購入をするため、
鬱々と電車に揺られていたのです。
電車の中の吊り広告には、
不況の2文字が踊り、失業者激増とか、
暗いニュースばかりでした。
私の中の常識天使がささやくのです。
リストラで職を失っている人がいる中、
たかがクリームに大枚をはたくってか?
おいおいおまえは何様だ?ブルジョアか?と。
一方で、冒険悪魔がささやきます。
でも半年に1回しか買わないじゃない?
それぐらいならいいんじゃないかしら?
逆に景気回復に貢献してると言えてよ。と。



浜松町駅まで来た時、私の隣に、
荷物も何も持っていない初老の男が腰かけました。
そして話しかけてきたのです。
「おじさんね、赤羽まで行きたいんだけど、
 定期を落としちゃって困ってるんだ。
 200円くれない?」
困ってるなら助けよう、と思いました。
そして財布をとりだすと、男は即座に
「あ、やっぱり400円」と増額してきました。
この時はじめて、こいつは怪しいと思ったのです。
「たかり」に違いない、って。
大勢いる乗客から、よりによって
私を選んだ男の千里眼には驚きです。
まさか葛藤を声に出してた!?
今の暗い時代を象徴するかのような男に
お金を使う罪悪感に悩んでいる女が、
それをケチるわけがありません。
「ありがとう。おねえさんごめんね。」
「いえいえ、いいんです。」
完全にだまされているふりをして、笑顔であげました。
もし「たかり」としても、この過剰な笑顔に、
少しでも罪悪感をもってくれれば、と思いつつ。



電車は浜松町の次の駅、新橋駅に止まりました。
私が、新橋駅で降りないとみると、
男は急に落ち着きがなくなって、
「赤羽だったら乗り換えないとね、京浜東北線にね。」
とぶつぶついいながら、山手線を降りてゆきました。
私たち2人は車内の注目のまとで、
みんなが「あいつ、だまされてる」って顔でみてましたけど、
私としては、ちょっと気持ちが楽になっていたのでした。
その後、有楽町で降り、予定どおり
¥45,000のクリームを買ったのでした。
おしまい。