(当時の応援団の再現はしびれるほどかっこ良かった!昔と違って、このポーズは腰にくるらしい)
私は父が同じ高校の先生だったので、
それはそれは、窮屈な高校時代を送ったものです。
無理してはいった進学校だったので、
成績もかんばしくなく、専ら読書に逃避する毎日。
高校の記憶といえば、あの頃読んでいた本のイメージしかない。
肝心の学校生活のほうの記憶がほとんどない!
自己防衛機能が働いて、勝手に消してしまったに違いない。
そんな私が、高校の同窓会など行くわけがない。
実家も同窓会のお知らせは返送してこないし、
私もそれでかまわないし。
でも、何人もの人を介して、私を探しだして、
連絡してきた人がいたのがとてもありがたく、
今回は行ってみようと決めました。
私に連絡をしてきた方は、西洋史学者、Mさん。
あぁ、ほんのり覚えている…でも、あのMさんであってるかな?
そもそも、私に東大卒の友達なんていたっけ?
名前で検索してみたらすごい人だった!著書まであるし!
そのせいで、私が覚えている面影は
記憶違いではないか、という疑いまででてきた。
そんなMさんが
「同窓会の会場でBGMを流したいから、
トモロ(私のあだ名)の作った曲、CDでもってきてー。」
とメールしてきました。
えっえっ!
今回の同窓会はすべての学年の同窓生が集うフォーマルな会で、
同窓生による講演会(日本の司法について)が行われ、
その後、会食という流れ。
そんな格調高い会で
「うんっとでーろ、うんち!」とか?(うんとでろうんち)
「裸になっちゃおっかな?なっちゃえー!」とか?(アタポン)
「アイドルヤッホー!」とか?(全力アイドル)
「ケロケロ?ケロケロ?」とか?(温故知新でいこっ!)
ざわざわざわざわざわ
いやいやないない…とメールしたら、
「大丈夫!講演会じゃなくて会食用のだから。」
…ですよねぇ?
でも会食ってことは、うんちの歌はナシだな、とか
適当に最近の仕事の曲をみつくろいました。
…そして終えました。
ほとんど覚えていない相手でも話していると、
雰囲気で思い出せるものですね!
メールでなく、実際に会話をして雰囲気をつかむことって
大事だなー…って、引きこもりの私がこれを実感するなんて!
当然のように標準語で話したのですが、なんと話しやすいことか!
逆に方言で話しかけられると、オドオドする始末。
不思議だぁ。
もしかして、高校の時から標準語が使えていたら、
もっと社交的になっていたかもしれないな私。
だから、なんかとっても楽しかったのです。
同じ高校卒の妹に教えたら意外そうでした。
どうせ「おねえが人と話して楽しいなんて珍しい」
とでも思ったんだろうな。
私の曲は、会場で紹介されていたようですが、
落ち着いたナイスミドル&ミディが集う会食シーンには、
場違いな感じは拭えず。
皆が話に夢中になっている間、私一人がBGMに苦笑い。
ぜんっぜん校風にあわない卒業生ですいませんっ!
本当に私の同級生は皆さん「すごくて」ですね。
地元で重責を担う仕事をしている方から、
こっちで一流企業や官公庁にお勤めの方、大学教授、CEO等々。
そして、子供を立派に育てあげた人たちも、
私にとっては「すごい」の対象であり、
この人たちは、子育てのアレとかソレを乗り切ったのかぁ、と思うと、
ひそかに尊敬の念に堪えませんでした。
私もがんばんないとな!って、
この上なく全うな感想をもって帰ってきたのでした。
そして、例の、西洋史学者のMさんですが、
当時の制服を着て現れたので、速攻で思い出した!
同窓会に制服でくるところ、見上げた心がけ!
やっぱりこの人友達だ。
その時、私の頭にこのセリフが響いた。
「八高でグンゼのパンツをはいてる女子はあたしとMさんだけ」
そうそう!私はMさんをパンツ仲間だと勝手に思っていた。
確証もないのに!
グンゼのパンツ(私にとっておへそが隠れるパンツの総称)を
履いた女子高校生なんて、自分でもどんびきでございます。
すいません。(ちなみに修学旅行前には卒業しました)
そんなパン友として勝手に祭り上げられたMさん、すいません。
こうして私は、高校時代の失われた記憶を
自分のパンツ史に至るまで取り戻すことができました。
同窓会って、行ってみるもんですね〜。