もしももしももしも


就職活動で、ゲーム会社、X社の面接をうけたことがある。
私が受けたゲーム会社は、結局セガとX社の二つだけだ。
X社が何のゲームを作っているか、ということは全く知らず、
ゲーム音楽を作りたい、という気持ちのみで応募した。


「これを聞いてもらえるかな」
社長は、私のデモテープをだまって聞いた後、
特に感想も述べず、違うカセットテープをまわしはじめた。
オーケストラ系のゴージャスな曲だった。
「今うちは、こういう音楽でやってるんだよね。
 ところで君、音楽はおいといて、秘書にならないか。」
あ。おいとかれた。遠回しな拒否だ。
社長は政治家風の男だった。
正直「秘書」という言葉には惹かれた。
黒ぶち眼鏡をかけて、書類片手に颯爽と歩く自分を想像した。
「今度、中国にも手を広げたいので、海外勤務の可能性もあるよ。」
海外勤務…。
それは、釣り文句として普通の人には効果抜群だったろうが、
私にとっては、全くの逆効果だった。
飛行機恐怖症だからだ。
あそこで「海外」という単語が出てこなかったら、
本気で「秘書でもいいかも」と思っていた。
(その後のX社、中国に進出した気配はないが、
 現在も変わり種ゲーム会社として存続している)
ふと、今、考えてみた。
あの時、社長が「海外勤務」というNGワードを言わず、
私がX社の秘書になったストーリーを。
X社は、民家に近い建物だった。
えー!これが会社?と衝撃を受けた記憶があるからだ。
玄関には社員の靴が散乱していて、
それをふみつぶしながら、スリッパに履き替えてはいった。
社長室へ行くまでの部屋では、
素朴そうなプログラマー達がもくもくと仕事をしていた。
その状況から察するに、入社してすぐ、
黒ぶち眼鏡にスーツ姿の秘書は必要ないということを悟るだろう。
ジャージ姿の、部活のマネージャーみたいな
包容力のある秘書が求められたはずだ。
応接室がサスペンス劇場に出てくるみたいな内装だったことを
強烈に覚えている。
暖炉こそなかったと思うが、あってもおかしくないような。
そして、ロココ調の応接セット。
この雰囲気をひとことで表現すると…「美人秘書セクハラ地獄」?
ロケ地にぴったり♥
といっても、私はセクハラには無縁だろうが…。
秘書の仕事は、わりと有能にこなせたと思う。
しかし、私は入社時、デモテープを一度否定されているので、
コンプレックスを抱えて仕事をするだろう。
そして下される突然の海外勤務の辞令。
私は切羽詰まって、催眠術屋で「飛行機に乗れる」という
催眠術をかけてもらって、死ぬ気で飛行機に乗るだろう。
しかし、飛び立とうとする直前に騒ぎだし、飛行機をおろされる。
航空会社に運行を送らせた旨で多額の罰金を払う。
結局私は、数十万の借金を抱えることとなる。
さらに、音楽を否定された過去を引きずり、
海外勤務も意気地なし、セクハラの対象にすらなれない、という
数々のコンプレックスにより、会社を2年以内で辞めたに違いない。
そしてあらためて、音楽の仕事を探したと思う。
で、結局、X社で秘書をやったとしても、
今と同じような人生上にあるような気がするんだよなー。
人生なんて、はじめから決まってるに違いないんだ。
…という話を美容師さんとしてきた。

昔、雑誌用に描いた漫画
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