「で、今日はどうしたい?」
「はい。丸い感じで。」
もう10年以上通っている美容室では、これで通じてしまう。
しかし、ここへ来たのは2年ぶりだった。
妊娠中は全く外出できなかったし、
産後はジュニューがあるので、家から30分圏外には出られない。
最初の1年は伸び放題。
残る1年は近場の美容室を放浪していた私。
鏡にうつる自分を見ながら、私は受難のジプシー時代に思いを馳せた。
●●●その1::美容室「ゾンビ」
その美容室はサービスがとにかく素晴らしかった。
女性客にはハンドマッサージがデフォルトでついていた。
が、だ。
マッサージします、とやってきたアシスタントの手に思わずひるんだ。
傷だらけ!まるでゾンビのよう。血が出ていて痛々しい。
その手でよりにもよってハンドマッサージなの!?
なんかものすごく申し訳ない気がして、気を使って話しかけた。
「そろそろしもやけの季節ですよね。(←秋だった)
毎冬、私、すごいんですよ。手があかぎれで…。」
「えー、お客さんも乾燥肌なんですか?私もですー。
冷房つけて寝ると、朝、顔がパリッパリで…。」
いやいや、乾燥肌っていうレベルじゃないだろ、君のその手は!
それはむしろ「怪我」だよ。
見渡すとこの美容室は、スタイリストに至るまでほぼ全員が傷だらけだった。
「刺激の少ないカラーリング」がうりの美容室だったのに…。
●●●その2::美容室「キチョーメン」
「初めてなので髪の癖を見極めせてもらっていいですか?」
そういいながら美容師は、私の背後から数歩さがり、
クシをたてて、頭の中心線を片目でみはじめた。
画家か!?
絵にかいたような画家っぷり!
思わず首をかしげると「頭はまっすぐでお願いします。」と
両手でまっすぐに戻された。
その後のカット中も、ちょっとでも首を横に倒すと
「あたま!」と言いながら戻された。
「なんでかなぁ。傾きがちですよ。」と注意までされてしまった。
私は頭まっすぐ頭まっすぐ、と思うあまりカチコチになってしまった。
几帳面な人だったんですかねぇ。
●●●その3::美容室「サプラーイズ!」
実は、なりたい髪型を伝えるのがへたな私。
ジプシーをはじめてからは、なりたい髪型をウェブで検索して、
画像プリントアウトでもっていくことにしていた。
この美容師にはジプシー中には珍しく、数回通った。
が、だ。
毎回、丁寧に丁寧に切ってはくれるのだが、
いつまでたっても画像のスタイルに近づかないのだ。
そりゃ私だって、
ヘアモデルと、まんま同じくなれるなんて思っていないけど、
全く、ちょびっとも、近づかないのだ。
そしてカットが終わり、シャンプー、ドライが終わり、
仕上げにさしかかってしまう。
え?これで終わり?とあせる私。
が、この最後の仕上げがすごかった!
大胆にはさみを数回いれただけで、髪型画像そのものになるのだ。
美容師さんは、サプラーイズ!って、顔してる。
サプライズもいいけど、手品じゃないんだからさ…早めに安心したいよ。
●●●その4::美容室「前髪チャンピオンがいる店」
その日は相方と赤子を外で待たせて切っていたので、
終わって欲しい時間を先に美容師に伝えてあった。
「2時間半あれば余裕です」と言われたので安心していたのだが、
私が最後にサプライズをおこす美容室の話をしていたら、
闘争心に火がついてしまったらしい。
仕上げの段階で、サプライズをおこそうとやっきになってしまった。
「ボクね、前髪の作り方には定評があるんですよ。
コンテストでも入賞したことがあります。」と、
私の前髪をふぁさっ、ふぁさっと動かす。
「違うな。こうじゃないな。こうだな。いや、こうだ。
ポイントはランダム、なんですよ。こっちかな?いやこっちだな。」
ふぁさっ、ふぁさっ………。
前髪チャンピオンなだけに、こだわりがすごかった。
窓ガラスには、げっそりやつれた相方とぎゃん泣きする我が子が
べったりはりついてこっちを見ている。
そう、約束の時間はとっくにすぎていた…。
しかしなんとかオシャレな髪になって家に帰ったのよ。
でも、お風呂で髪を洗って乾かしたらあら不思議!
和田アキコヘアーに変身。
●●●その5::美容室「ワンコイン」
最終的に、なるべく美容室に行かず、
前髪は自分で切って、後ろ髪だけ安いところで切る作戦。
なんと500円!
しかし、短パンにサンダルという、
休みの日にコンビ二にタバコ買いにきました風のおやじが担当。
そこで、何か大切なものを失った気がして悲しくなってきた。
誇り?何?ステイタス?何だろ。わかんないけど。
ここでそろそろジプシー生活には終わりを告げたいと思った。
なじみの美容師さんに無性に会いたくなった。
そして、今、私はやっと帰ってきた!
なじみの美容師さんもとても喜んでくれた。
もう二度と都内で散髪なんて無理かなぁと思っていたから。
子は成長するもんだね。
私は2年ぶりに「丸い感じ」のしっくりくる髪型になった。